2022年2月14日 さかのぼること数日前

 バレンタインデーなので、昨晩ガトーショコラを作った。昔からよく作るお菓子で、テンパリングも必要ないし、割と初心者でも作りやすいと思う。製菓用のチョコレートではなくても、シンプルなものを使えば、それなりにオリジナリティが出る上に発見があって楽しい。例えばガーナチョコレートを使うと、生地に粘りが出て、ずしっと重ためのケーキが出来る。明治のブラックを使ったら、甘さのバランスを取るために蜂蜜を入れたりもした。

ガトーショコラに凝り始めたのは、大学4年生の頃かな。色々あって休学してしまい、勉学は手につかなかった。でも何かしなきゃと、卒業論文や卒業製作に勤しむ同級生に、押掛女房のように手作りの弁当やお菓子を差し入れしていた。そんなことを数日前に思い出した。

あの時、お弁当を差し入れた他科の男の子。私は彼のことがほんのり好きだった。やわらかい笑顔。穏やかな物腰。たまに出る辛口。彼は今、何しているのかなと、ふとSNSで彼のページを開く。3年前から更新されていなかった。

3年前、彼は離島に移住したという。離島 移住 をキーワードにすると、彼のある程度タイムリーな活動が見えた。

大学を出て脱サラした彼(Tくん)は、自分が旅で訪れて魅力を感じたその島に移住したという。柔らかい笑顔。くせっ毛。洒落っ気はないけれど、こざっぱりとしたシンプルな服。見た目は変わっていなくてほっとしたような、恐ろしいような。

当時、私も彼も、みんな若かった。既卒率の高い大学だったから、同学年でも年齢はバラバラだった。4年生時点で22〜25歳とか。私は当時23歳で彼は一つ上の24歳だったかな。

あいつは、うちの学科にいる「3大ダメなやつ」のうちの一人だよ

と同じ学科のYくんが言っていたな。Tくんと一緒に歩いた井の頭動物公園よりも、Yくん(いやAくんだったかも?)の一言の方がこびりついている。だって自分が言われたみたいだったもの。悲しい気持ちになったよ。
あの頃、みんな優劣をつけたがった。作品、論文、言動、全てが相対的な評価対象になってしまう。私はそれを卒業後数年引きずった。今もなくはない。思い出すと胸が痛い。

「1 / 3大ダメなやつ」があるイベントで語った言葉が文字起こしされていた。
ああ、この発言は横柄では…老婆の心で彼の端端が心配になる。

Tくんはきっと私のことなんか忘れているだろうに、現在の私は何をしているんだろうな!と我に返る瞬間もありつつ。

見た目は変わらない(少しふっくらしたのはお互い様なので差し引くとして)けれど、T君には一つの変化があった。今、大きな夢を語るTくんの目はキラキラしていた。昔、なんの話題であれ、彼は目が笑っていなかった。一緒に行った動物公園でモルモット抱いた時も、おそろしいほどに目が笑ってなかった。ディスプレイに映る彼の目をじっともう一回見たら、ちょっとばかりへらっと笑ってしまった。

Tくんはその島で工芸に携わる仕事をしているらしい。

偶然にも私も今、工芸の仕事に携わっている。

共通点と言っていいいんだかなんだか。一方的な「ダメなやつ」シンパシーが奮い立たされた。卒業後、コンペで受賞したり、それなりの職を手にしたり、メディアで紹介されたり、そんな「ダメなやつ」以外のやつらの活動を知るよりも、ろくにSNSを更新しないTくんの今を見られたことがとても嬉しい。

パソコンを閉じた後、あの頃リピート率が高かった、神聖かまってちゃんを久しぶりに聴いた。その夜、夢の中にT君が出てきた。目が笑っていないカモシカが突進してきたところで、夢から目覚めた。T君とは夢で何も話せなかった。彼が私を覚えていない、ということを暗示されたような。地味に失恋気分だよ。でも、なぜか私はまたへらっと笑ってしまった。


(どうかTくんがこのブログ記事を読みませんように!!!!)

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