読書徒然日記 その2



 塾で国語を教えていた時に、退官した元教授がかつての教え子に昔旅した欧州の風景をスライドで見せるのだけど、特に会話もしなかった、という一節をテキストで読んだことがある。あれはなんという小説だったのだろう。

  その小説の叙述が、スライドで映される風景よりもスライドを写しかえる「カシャ」という音の描写中心で、ほどよい闇の中で機械的な音を鳴らしながら風景が廻る様子が目に浮かんだ。 記憶違いかと思って、池澤夏樹の『スティル・ライフ』のページをめくったけれども、やはり違う小説のようだ。 

  塾では画一的で一辺倒な教え方しか出来なかった。中学国語では「情景描写」なるものに重きが置かれていて、「筆者はこの文章で何が伝えたかったのか」を生徒は四択で解答する。なんだか歯痒かった。決まりきった読み方を機械的に選択するのではなく、自分なりの言葉で書いてほしかった。その文章を読んで心に波紋のように広がる風景を。

  それにしても、ワークに採用されたテキストは心惹かれるものが多く、タイトルや作者こそ忘れたものの、今もたまに切り取られた一節をふと思い出すことがある。名前を思い出せない小説たちは、私の中で宙ぶらりんのまま、断片だけが微かな光をたたえる。

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