2018年12月19日水曜日

歓び迎え入れること

マリンバソロでのライブなんて初めてだなぁ。


なんて思いながら、隣り合う鹿角市の「道の駅おおゆ」で開催された演奏会に足を運んだライブ。しかし冬の北国はひとの行動に制約を課す。往路が風雪により、悪路と言っても差し支えないほど荒れていた。止むを得ず二部からの入場。

二部で聴いたなかでは、聴覚を失ったマリンバ奏者Evelyn Elizabeth Ann Glennieの手による“Light in Darkness”が印象的だった。暗闇のなか、炎みたいに揺らめく光。溢れ落ちるようなマリンバの音を聴いていると、そんな景色が目に浮かんだ。聴覚と反比例して、過敏になった視覚が光のかたちを見つけたのかなと、異国の女性奏者に思いを馳せてみる。


ライブで一番印象的だったのは、主催の女性Hさんのはにかみ、でもきらきらした表情。先日職場に取材に来た、学校の新聞部に所属する10代の高校生のようだった。Hさんと学生の表情の違いは、ためらいがなく、真っ直ぐ前を、次を見据えていること。


Hさんとは自身が営むカフェで、イベント企画について話したことがあった。

マリンバ奏者の方がここで演奏してくださったんですよ。またやりたいと思っているので、機会があればぜひ来て下さいね。

半年後ようやく、それが叶った。場所はカフェではなく、まちが新たに迎え入れた大きな会場で。


歓待という言葉がある。
演奏会場を提供した男性は、聴衆にこう語った。
「この場所が喜んでいる」

ああ、そうだよな。
演奏のなか、空間がぴりぴりと震えていた。
この場所は音を待っていたのかもしれない。
このまちは場所に新しい可能性を吹き込むHさんを待っていたのかもしれない。

歓び、迎え入れる。

Hさんの姿勢や言動にも、それを感じたことが多いな、とふと思う。

ひととひと、ひとと音、ひとと場所、ひととまち……
交わり合うことの歓びに気づかされた夜だった。
いつか見た雪。秋田県鹿角市と岩手県八幡平市の境目あたりで。

2018年12月18日火曜日

土地の階調

雪が積もって、融けて、を繰り返す今時期。凛とした色の紅い実が、白とコントラストを成す。ついついiPhoneのカメラを向けてしまう。



この街に来るまで、色彩の対比なんてあまり意識しなかった。生まれ故郷はそれなりに都会で、ビルやらネオン、なんやらの色が混在していて、夜も3キロ先のデパートのネオンサインが窓から見える。目の前に広がるのはマルチカラーって感じだった。

今住んでいる家が面するのは、近くに田畑、遠くに山。限られたトーンの色。そこに色の階調を見いだすのが、暮らしの喜びだったりもする。故郷のマルチカラーは日常の景色だったから、今この土地にいて寂しい気持ちにもなることもあるけど。

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そういえば身体に変化があったのか、お酒にめっぽう弱くなり、代わりに?甘いものを好むようになった。ここ最近の自作ヒットはバナナシナモントースト。シナモンの香りが好きだ。なんでか懐かしい気持ちになる。家族みんなで出かけたディズニーランドで食べるお菓子を思い出す。


2018年12月11日火曜日

つづく私の場合の「わたし、ここで」



「わたし、ここで」
冬から春になって、どんどん季節は変わって。
大館にきて4度目の冬になった。

思い立って「watashi_kokode」というユーザー名で、私の場合の「わたし、ここで」をInstagramに綴ることにした。
あのムービーの続き、というほどストーリー性はないけれど、映画じゃなくても毎日は続くので、その意味で「つづく」ことを綴ろうと思う。

最新の投稿では、大館に来てから出来た数少ない友人に贈った出産祝いのことを書いた。
大館の3年目は怒涛の日々。
友人には子どもが生まれ、自分の生活もある面では区切りを迎え、慕っていたひとが亡くなり、実家で大切な家族が病に倒れ…など、生きるとか死ぬとか、この地で経験するのが初めてだった喜びや痛みが心にぶつかって来た。

その中で、友人に子どもが誕生したのは本当に嬉しいことで。
子どもも、あたらしい表情のお父さんもお母さんも、愛おしく感じられる。

これからつづく日々はどんな色なんだろう。
色々な変化が続いて、正直わくわくするような心持ちではないけれども、すべてのどんな展開を受けとめようという覚悟が育ちつつあることを実感している。

2018年8月6日月曜日

集めて、編んで。

ライティング、エディティングについての覚書
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「言い得て妙」ではないけれど、ヒアリング中に至言とも呼ぶべき言葉を拾う瞬間というのがあって。その時の私は、文脈をつなぐ鍵をキャッチしたな〜という気持ち。
録音データを持ち帰って、文字起こしする瞬間もまた、至福のひと時です。

軸、要をつかんで、集めて、言葉を編む作業で、方向性を見出す歓び。

言葉に、花

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ライティング、エディティングの経験はまだまだ浅いですが、聞き手であるからこそ感じ得るこの歓びを持ち続けたいという思いでいます。

2018年7月14日土曜日

都市が通過する


少し前のことを思い出して、書き連ねてみる。
4月末から5月頭にかけ、東京に行ったこと。

1週間の東京暮らしは長い(わたしにとっては)。でも、限られた時間。
その中のある日、ほんの数時間に体験したことを書いてみよう。

行きたいカフェや、気になっているブティックなど、色々、いろいろあった。秋田にいる時は、「次東京に行ったら、寄りたい!」と思える場所があった。

でも、「ほんの数時間」前の私は、あちこち回る気分でもなく、展覧会を1つ見られれば満足だな、と。頭に描いた東京めぐりはどこへ行ったのか。
「そうだ」と、東京在住の友人が勧めてくれた展覧会へ。



行ったのはこちら。
企画展「写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち−」
写真、都市、をキーワードに設定した展示。
かつてゼミに入りたいと自分自身が望んでいた研究者が、展示監修を務めていたこと、今でも写真という表現技法が好きなこと。
数年ぶりに再会した友人が、この展示を勧めてくれたのも、私の興味関心、好みを覚えていたからのようだ。

一番ぐっと来たのは、最初に遭遇するTAKCOMの映像インスタレーション。展覧会全体に展示機材を貸出協力した、Canonのプロジェクタとスクリーンで、複数都市を越境するウィリアム・クラインの写真を繋ぎ合わせている。スナップフォト的なもので、アレ・ボケ・ブレが特徴的な被写体が映り込むスクリーン。多方向にスクリーンが配置されているため、なんというか、街のなかでぐるりと周りを見渡す感覚になる。遊歩?いや、そんなに軽やかなものじゃない、田舎者が騒がしい都会のまちに来て、場所の音やにおい、光に対して、注意力が散漫になるような。

東京に久しぶりに来たこともあり、自分が見たことのない時代、行ったことのない場所、スピード感を持って、通過していく。いち個人としての自分がその光景を見ているのではなく、自分は街の一部でしかなく、感情や感覚を発揮する余地もなく、全ては通り過ぎていく。眼前で流れる写真に圧倒され、そして、ふとした瞬間に虚無感を覚える。次の展示室へ続く暗幕をくぐる瞬間、なんか変な気持ちだった。
次の展示室は日本の若手の作品。総じてセンシティブな作品が並んでいた。自分が今生きる場所、街を見つめてやろうぜ!くらいの気概や切迫感がじわじわと溢れていた。エネルギッシュ。なんとなく、卒展の雰囲気を思い起こさせた。


別の展示室でやっていた
「Khadi インドの明日をつむぐ- Homage to Martand Singh -」展
も鑑賞。こんなコンセプトの展示を見ることも、今はなかなかないので。
実はこっちの展覧会の方が、先のものよりしっくり来た。ひとの肌に触れる、近い存在での「布」。インドの人道的教育の歴史についての映像や、テキストをじっと眺めた。少し透けるアイボリーの布地に走る繊維に、重みと厚みを感じる。
展示物に触れられるのも、嬉しかった。

ホワイトキューブ、ショーケース…時に煩わしい装置は無く、曇り空のあいだから僅かに光線が射す。赤と黄色を帯びた陽光が、何よりの照明だ。少し涙が出そう。



東京暮らし、展覧会に行ったのとは別の日に、4kmほど地上を歩いてみた。地下鉄がなんとなく苦手で、まだ気候も外歩きには不向きではなかったから。
夜になると、どこからかジャスミンの香りを風が運ぶ。ああ、と爽快感を覚えた。

そこで、初めて自分が都市に触れられた気がした。





2018年1月27日土曜日

初期衝動とzineと自分

一昨年からzineを作っています。不定期。不定形。ゆる〜っと。
私が載せる内容は主に詩と写真。

今日はこの2年で制作した、 2冊を紹介してみます。
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『言葉に花、羊に羽』

A5, 12頁, 2016年9月制作


音を作っている 高坂翔 さんと作りました。キャッチボールのように、音と言葉をやり取りし、本という形に落とし込んだものです。
本を作ったのは、2人のキャッチボールを残したかったからだと思います。この本は「第1回文学フリマ」にて販売しました。具体的に目標を定めることで、初期衝動を維持したいという思いが強かったんだな…と回顧しています。
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『光さす、手元に』
A6, 8頁, 2017年4月制作
こちらは販売はしていません。自分のためだけに、作りました。

アーティスト・イン・レジデンスで大館市に来ていた女性 Thelma Vilas Boas さんの制作補助をした経験を、本にまとめました。
制作補助は辛い記憶ばかりです。無論それはThemaのせいではなく、自分のコミュニケーション能力の低さが、制作を妨げているような恐怖感を常に抱いていました。しばらくは己の不甲斐なさを呪ったりしていましたが、彼女と見た風景、拙いながらも交わした言葉がじわじわと自分の中で大きい存在になっているのを感じ始めました。
「そうだ、本にしよう」
初期衝動は仕事からの帰り道(良くないけど、運転中)に芽生えました。
作った本、ほんとうはThelmaに送りたいのですが、未だに送れていません。本に英訳をつけなきゃー、とか送るにあたっての準備がなかなか進まないのと、自分に自信がないゆえためらってしまうこと、というのが大きな理由だと思います。
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先日、zineを作ろうというWSにて、恐れ多くも講師を務めた際に
「私にとって、zineは初期衝動を形にしたものです。」 という話をしました。
正直、私は絵も写真も文学も、「表現者」というには程遠い人だと思っています。でも、形にしたい!ものを作りたい!という欲望は常に渦巻いていて、えいやっ!と勢いに任せて行動に移すことが多いです。見切り発進ではありますが、今振り返ると勢いで出来たものは驚くほど、「自分じゃない」作り手が見えたりします。それでもやっぱり、「自分」という未熟さのかたまりが露呈すると、過去の私を引っ叩きたくなるくらい後悔の念に襲われますが。

かつてのことを思い出しました。
「どの自分が、ほんとうの自分かわかりません。」
と診察室で泣き言をぶつけた時、医師はこう言いました。
「どの自分も、ほんとうの自分なんですよ」
医師は困惑した顔のようにも見えたし、諦めたような顔にも見えました。

zineを作っている時は、気持ちが湧き上がって、イメージが溢れているのを感じます。
気持ちが昂ぶる中、あまたの自分が紙の上に交叉していくように思える時。
そういう時を「我に返った」という言葉で表現するのは不適切なのでしょうか。

2017年6月17日土曜日

「わたし、ここで」のこと





制作に関わった秋田県大館市移住PRムービーが、このほど公開されました。



私は取材、ライティングを担当しました。

最初のスクリーンショットはコンセプト…と言っていいのか分かりませんが。これから出来上がるであろう映像を頭の中で描いたとき(撮影担当ではありませんが)に、したためたものです。

親や友人、近しい人に、手紙を送るような気持ちで書きました。
ささいな発見かもしれないけれど、自分にとっては新鮮さがあって、嬉しくて。誰かに伝えたくなる、というか、書くことで自分の中に残しておきたくなる。
そういう気持ちになる瞬間が、この映像にはいっぱい詰まっています。

気づいたら、最近は初夏のような陽気。田園に囲まれる我が家のBGMは、カエルの大合唱です。カエルって、4月下旬からもう鳴き始めているんですね。ここに住んで3年目にして、ようやく気づいたこと。


2016年5月12日木曜日

北鹿ハリストス正教会 生神女福音会堂

大館市内には岩手にいる時からずっと行きたかった場所がいくつかあります。そのひとつが、大館市曲田にある北鹿ハリストス正教会・曲田福音会堂です。昨年の秋、念願叶って同教会を訪れることができました。今回はそのことについて書きたいと思います。



11月28日、前日までの雨は上がり、空はにぶい灰色。国道103号線沿いの住宅街がひしめく細い道に入ると、数分もしない内に目的地に着きました。庭には柿の木(*1)が立ち、橙色の実が地面に落ち、晩秋の漂いがあります。ようやく訪れることの出来た聖堂、その面積は15坪だそうです。事前に入手したパンフレットを眺めながら、釜谷幹雄長輔祭さまとの約束の時間まで、どきどきしながら扉が開くのを待ちました。

日本最古の木造ビザンチン様式教会として知られる曲田福音会堂。釜谷さんが開けてくれた白い扉をくぐり、啓蒙所から聖所内に入ると、思わず息を呑んでしまいました。
シャンデリアの温かな灯に照らされ、浮かび上がるアーチ。



教会内に施された意匠は、鮮やかな色彩と輝きをもって自分の目に飛び込んで来ます。それぞれの彩色や文様など、細部への執心はやまないのですが、15坪という面積に凝縮された教義や、世界観に充ちる空気−−自分が大きな存在に包まれたような気がしました。
かつて文盲の人びとのために描かれたというイコンを見て、昔見た映画を思い出しました。それはアンドレイ・タルコフスキー監督による「アンドレイ・ルブリョフ」(1971年、ソ連)です。映画は15世紀初頭に実在したイコン画家、アンドレイ・ルブリョフを主人公にしています。映画はモノクローム映像で進行するのですが、劇中に出てくるイコンや聖堂は目に焼き付き、観賞後しばらくはその色彩やかたちについて想像をめぐらせていました。思い切ってそのことを釜谷さんに話したところ「あれは、とてもいい映画ですよね」と応えてくださいました。

終始質問ばかりの私。対応してくださった釜谷さんは、穏やかな笑顔でひとつひとつの質問に丁寧に答えてくださいました。釜谷さんから思わぬ一言が出ました。
「カメラは持っていますか?」
思いがけず、写真撮影の機会をいただきました。この教会がもつあたたかさや荘厳さ、包容力を写真に写し込めたら…と、無心で携帯電話のシャッターボタンを押し続けました。

1月のある日、思いがけず釜谷さんの訃報に触れ、私の心の中で何かが欠けてしまったような気がしました。ほんの一時間。

それから一ヶ月後。ご縁があり、釜谷さんの奥さまとお話出来る機会が出来ました。奥さまと会うのはもちろんこれが初めて。ゼロダテの『もうひとつの秋田』や取材の際の撮影写真をお渡しし、生前の釜谷さんの写真を2人で眺めました。
釜谷さんは学生時代から写真に親しんでいたそうで、のちに写真撮影とビデオ撮影を手がけるワールドプラン社を設立されました。
また、海外へ渡航した際には、現地の教会などで撮影をされたそうで、その数、データ量は膨大なものだそうです。釜谷さんが亡くなった後も奥様方はその意志を引き継ぎ、写真、ビデオを整理しているとの話を聞きました。


ふと、釜谷さんにかけられた言葉がじんわりと蘇ってきます。
「カメラは持っていますか?」
あの時私が無心で撮影した写真を見返すと、未熟さがにじみ出ていて少し恥ずかしさのようなものを覚えます。けれども、後ろで静かに見守って下さっていた釜谷さんの眼差しや佇まいが思い出される、不思議な感覚があるのも事実です。

あの時、自分を包んだ大きな存在は、教会とその世界観、そしてあたたかな眼差しをこちらに向ける釜谷さんだったのかもしれません。

釜谷幹雄様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


*1 柿の木
大正15年に曲田部落で大火があった際、木造の聖堂が火の粉や灰などを被りながらも燃えずに残った。そのため、曲田部落ではこの柿の木を「火の神」と呼ぶ人もいる。


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写真は撮影の許可をいただいて撮ったものです。
また、当記事を掲載するにあたり、釜谷貴美子さま、(株)ワールドプラン社さまのご協力、ご厚情をいただきました。ここに御礼申し上げます。

2016年5月2日月曜日

桃源郷と人は言う


あの日私は
けぶる霧に波模様を見た

錆びた看板に見る現在地
彼方まではみちなり
木々の狭間をゆく

とくとくとした流れ
梅花藻はゆれる

言葉に花、羊に羽


きみがぼくに語りかけるとき
その言葉からは春の香りがする
たぶんあの古い詩を聴いたから
喜びと同時に憂いも感じる
あの詩

路上に落ちた花びらを拾う
小さい女の子
その佇まいが その仕草が
いつまでも瞼に浮かぶよ
頭の遠くの方で
音を奏でる

曲にはならないかもしれないけれど
羽が宙をゆらめくように
鳴り続けているんだ

ぼくに聴こえる音
きみにも聴こえているのかな?

きみが頷く
そのとき

ぼくらは融け合う

詩(うた)



久しぶりに。

最近、詩を書き始めました。
きっかけや理由を説明しようにも、自分でもまだ整理がつかないので、書きながら考えていこうと思います。

このブログは詩だけでなく、今までのように、見たもの、聞いたもの、食べたもの、感じたことも書き続けていくつもりです。

このブログをどなたが読んでくださってるのかはわかりません。
ただ、言葉の並びにみる余白や、その時々によって置換される意味が、読み手の方々の心に到来すれば嬉しいです。

5月1日 月曜日 朝5:01

2022年1月17日 水彩の計算

去年の春から月1〜2回ペースで、絵画教室に通っている。最初は鉛筆デッサンで、慣れてきたら水彩に挑戦する日もしばしば。 水彩は高校生の頃に数回しかやったことがなく、この年になって本格的に挑戦している。油彩の方が描いている数は多いので、感覚が掴めなくて、最初の数回は苦しかった。高校の...