2019年4月16日火曜日

春の花ばな


2年前のことを思い出す。

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春の花ばなを探しに、どこまで行こうか。

パソコンのキーボードを叩いて、見つけたいくつかの場所をリストアップしていく。エリアを決めれば、ルートも組みやすい。

比立内の水芭蕉群生地。ブログの写真に載っていた看板はもうなかった。でもこの坂道の表情はなんら変わらない。そう、この坂道。これを下って、つきあたりを右に。
どきどきしながら、車を空き地に停めようとしたら、先客の県外ナンバーの車。
昨晩の雨で少し足もとがぬかるんでいる。ハイカットのマウンテンブーツを車に積んでおいて正解。
靴を履き替えて、群生地の方へ。



ようやく先客とすれ違った。
「こんにちはー」
その後、地元のご婦人とすれ違った。夢中でシャッターを切る私を珍しく思ったのか(不審に思ったのか)、声をかけられた。
「いっぱい撮っでらな。花が好きなんだか?」
はい、今日は休みなので、この辺りの花が綺麗なスポットを巡っているんです。
「この後、どこに行ぐの?」
あわててわたしは頭の中の地図をがさがさする。出てこい、地名!
越山。
「越山か、あそこはじいちゃんがよく山菜を取りに行っでたね。『敷かさってる』場所があるって言うの。『敷かさってる』って分かるが?」
なんとなく、とわたしは応える。
「行くまで気をつけてね。ダンプに轢かれねようにな〜。」

越山の福寿草自生地に辿り着くのは、比立内の水芭蕉群生地に行くよりも簡単だったかもしれない。目印の商店に着くと、「こっちこっち!」と来る人を招き入れるような看板が立っている。矢印に促され、少し丘に登る。気づくと、庭先にも福寿草がある。
黄色い宝石。ダイヤモンドの「ブリリアントカット」みたいに、規則的な花弁の開き方が煌きを増しているように見えた。



どきどきした。
入り込んじゃいけない場所にいるような気がした。写真を撮ったら、早くこの場を去らなきゃいけないような…でも花は見たいし、前に進みたい。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、その時の私は本当に興奮していた。間近で見る福寿草が放つ黄色の光はそれだけ神々しく見えたんだから。


呼吸を整えて丘を降りる。
…と、ふもとの人家には、庭先にも福寿草が自生していた。
少し拍子抜けした。

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鮮やかな黄色の余韻にひたりつつ、ぼうっと自宅の庭先に目を遣ったあの日のことをもう少し思い出してみる。
もうひとつの花。

たわわに溢れる馬酔木。

そろそろ今年も、春の花ばなを探しに行こうか。


2019年4月11日木曜日

春の野生

久しぶりに花を買った。



勤め先に飾るものをと考えていたので、春だし桜や桃、梅あたりかなと花屋でうろうろと物色していた。その途中で、気づいた。花の中でも、そういう枝ものは旬の時期こそ花屋に置いていないのかもしれない。
というか、店内見かけない。あるのは温室で育てたであろうバラやカーネーション。むしろここには温室で育てたものしか並んでいないのかな。

温室育ちだとしても、少し前までは枝ぶりの良い啓翁桜が、店の目立つ場所にどぅんっと置かれていたのに。

勤め先の大きな花器に飾るには、枝ものがよかったんだけれど。
そううじうじしていても仕方がないので、店内を再びうろうろし始めた。



悩みながらも直感に頼り、結局その日は3種類の草花を買った。


まず目に留まったのはワックスフラワー。
松のような葉枝と梅のような花。あれ、葉枝はクリスマスのモミの木のようでもある。
和洋折衷なワックスフラワー。つやつやの葉が放つ妙な魅力に惹きつけられてしまった。

花は数年前に櫃取湿原で見た梅花藻を思い出させた。ぴょんぴょん石渡りした、あの川で見た水中花。

「ここを桃源郷と呼ぶ人もいる」
あの時一緒に桃源郷に行った人の声が聞こえたような気がしたし、やわらかく湿った山道の香りが一瞬したような気もする。




この日買ったのはワックスフラワー以外に、ミモザ、ラグラス。ミモザは思いのほか葉が鋭くて細長く、黄色の小花よりも強い印象。どれも野生味があって、温室育ちには見えないところが気に入った。

自宅にもワックスフラワーを。ラグラスと一緒に持ち帰った。


2019年4月2日火曜日

令和 を読む

天平二年の正月の十三日に、師老の宅に萃まりて、宴会を申ぶ。時に、初春の令月にして、気淑く風和ぐ。梅は鏡前の粉を披く、蘭は珮後の香を薫す。しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて蓋を傾く、夕の岫に霧結び、鳥はうすものに封ぢらえて林に迷ふ。庭には舞ふ新蝶あり、空には帰る故雁り。
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あたらしい春、あたらしい日。あたらしい命を迎え入れる。すぅっと吸い込むと胸がじんわりと暖かくなるような、さわやかな風が私のほおを撫ぜる。つい先日ほころんだ梅花はまるで白粉のよう。鏡の前で母が叩いた、あの白粉。蘭の香りは彼女が持っていた香袋を思い出させる。ああ、明けの明星が輝く頃には、雲の流れ道が見える。宵の明星が輝く頃にはむせるような霧。松を湿り気のなかに封じ込める。霧の帳の向こう、鳥達の翼が交わり、離れる。その繰り返し。家の庭に出ると、あたらしい命が行き交うのが見える。この蝶は羽化したばかり。あの雁は秋冬を告げた雁だろう。

あたらしい命が吹き込まれる。
命が孕む調べはどんなもの?

2019年4月1日月曜日

ここで、を選んだ理由


ここで迎えた、はじめての春
桜の名所を先輩に教えてもらった。
晴れの日はいつかな
待ちに待ったその日は
結局曇りだった

花曇り、花冷え、
頭の中をそんな言葉がよぎる。
「じゃあ」と燗をつけてもらう
車で帰る人にはホットコーヒー
お堀には花筏ができるんだって
山菜の天ぷらを頬張りながら、うなずく。

この春にはじめて出来た後輩を
いつものカフェに誘う。
いつかこのまちで、ブックカフェをやりたいんです!
目をきらきらさせる笑顔の彼女はとてもかわいい。

カフェのお姉さんに聞いてみた。
どうして、ここで、このまちで?
「ここで」を選んだ理由を
聞いてみたかった。


2019年3月4日月曜日

ミラクル・キャット・ストーリー

大館での出会いを想う。
人づきあいがあまりよくない自分はかつて、「もっと外に出て、友だち作りなよ!」と上司に言われた。自分の情けなさを突っついた言葉は、ひりひりと響いた。今も思い出すと、胸がずきんと痛む。

「どうせ私は…」ふてくされ気味の頃、大館で知り合ったある女性Mさんとの1ヶ月間はとてもわくわくする日々だった。だいぶ端折ると、猫の里親探しに奔走した。その女性が猫のもらい手を探しており、「嫁ぎ先が決まって、幸せになってほしい」という思いに打たれ、Facebookで知人に里親希望の方を募った。
結果、一度しか会ったことのない高校の後輩が手を挙げてくれた。ミラクル。彼女は岩手から猫を迎えに来てくれた。

仔ニャンの頃
現在の姿。ふくふく!

不貞ていた自分を動かしたものって何だろうな。
Mさんの気持ちに心動かされたこと。それ以前に、出逢えたことが嬉しかった。まさか地元から後輩が自分を頼って来てくれるということも。

すべて、当時の自分にとってはミラクルだった。


デカい。

先日Mさんのご自宅にお招きいただいた。
再会はこの日が初めてではなく、夏にも私が働く店に来てくれた。少し興奮ぎみに大きくなった猫の写真を見せてくれた。Mさんも旦那さんも、写真のなかでとてもいい笑顔をしていた。私にわざわざ会いに来てくれたこと、くらしに笑顔があること、じんわり涙が出そうになるのを抑える(仕事中なので)。

大館に来るときに志した仕事と、今は違う道を歩んでいる。たまに思い返すこともあるけれど、前みたいに後ろ向きな気持ちはない。そのゆえんはミラクルなキャットストーリー。

  イクシッ…!


2019年2月5日火曜日

最強感

2日間の休みを利用しての帰省。
いつもの高速バス。全席でWi-Fiやコンセントが使用できるようになっていた。

初めて大館に来た時もバスだったなと思う。電車で帰ったのは一回しかない。
悔しくて泣くのをこらえたり、どきどきを抑えられずにやにやしたり、いろんな感情をバスの座席に押し込めた。

バスに乗るときはいつもiPodで音楽を聴いている。
公共の空間で感情を押し込めるに、iPodは有効。


感情を高める時にも。

東京に住んでいた時、繁華街を歩くのが怖かった。キャバクラや風俗のバイト勧誘の勢いに負け、その仕事に興味はないのに数十分話を聞いてしまうことが多々。

自己嫌悪

自己に負けないために、イヤフォンをして音楽を聴いて街を歩くようになった。苦手な満員電車も乗れる。
音に没入すれば勝てるんだ、ってへんな最強感が生まれる。


バスの中で食べるソフトクリーム、
もちろんイヤフォンが耳にささっている。

2019年1月15日火曜日

そういうことなんだよな

梅干しの存在感たるや!な曲げわっぱ弁当。



高校生の時から食べ続けている、月向農園の梅干し。とてもおいしい。大きい実を少し齧るだけで、旨味が溢れ出してくる。梅は無添加だし、調味料も天然由来。歳を取って健康を考えるようになり、お弁当を作る時もスーパーの梅干しではなく、なるべくこの梅干しを使う。

この梅干しは実家から母親が持たせてくれた。食べきれるかなーと思いつつ、こうやってお弁当に入れたり、果肉を料理に使ったり。
最近母親に教えてもらったのは、梅干しと一緒にご飯を炊くレシピ。なんとも贅沢なご飯。
甘味と酸味が口の中でじんわり広がる梅ご飯、食べているとなんだか涙が出そうになる。

思えば自分は高校生の時、買い弁したことが一度もなかった。玄米ご飯に月向農園の梅干しのお弁当。高校3年生の自分は、もっと出張販売のパンや、揚げ物のおかずが食べたかったという記憶もあるけれど。あのときの2倍近くの年齢になって、あのお弁当の味や色、香りがずっと自分のなかで、大切に残っていたことを知る。

お弁当の中に入れているおかずが、母親の作っていたメニューと被っていることがある。それに気づいた瞬間、「そういうことなんだよな」と口にしそうになる。

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Instagramアカウント @watashi_kokode に投稿した内容を一部加筆修正しました。

2018年12月31日月曜日

かたつむりの原風景




大晦に、今年を振り返って。
iTunesのプレイリスト機能は便利。にしても、1年の終わりにプレイリストを作るのはもしかして初めて?これまでは「お題」的なものを設定して、それからイメージされる曲(もしくはそれをイメージする曲)をプレイリストにまとめたことが度々あったのだけど。

こういう作業を始めたのは、新春に聴いた「小山田圭吾の中目黒ラジオ」がきっかけだった気がする。フリッパーズギターもCorneliusも詳しくないけれど、NHKの膨大なアーカイブを活用してこの番組を作るのだと知り、ああ羨ましいとわくわくした。

1. RIVER(Acourstic) / FOLKLORE
2. 私の家は山の向こう(我的家在山的那一辺) / テレサ・テン
3. 20180403 fujisatorec / shou kousaka
4. おとしもの / Popoyans
5. Aqua / 坂本龍一
6. Sunny Day in Saginomiya(Edit) / 蓮沼執太
7. The Electrionic Flute / Henry Tennis
8. TIME / 蓮沼フィル
9. Uta / Pipilotti Rist
10. Hold Them / Mohna
11. 風見鶏 / グッドラックヘイワ
12. 少年 / 大友良英
13. Some Things Last a Long Time / Daniel Johnston
14. 祝いのうた / 森ゆに

2018年は新しくCDを買うよりも、中学生の頃に遡り手持ちの音楽を聴いた。1. と8. 、14. だけ2018年に新しく買ったもの、もらったもの。

2月に岩手銀行赤レンガ館でFOLKLOREのライブがおこなわれた時、ゲストヴォーカルの坂本美雨さんが「Aquascape」という曲を歌った。デビューする娘のために、父親である坂本龍一さんが贈ったという。どこかで聴いたことがあるなと思ったら、5.の曲に歌がついたものじゃやないか。坂本龍一さんの「BTTB」というアルバムの中で自分が一番好きで、中学校の文化祭で流した記憶がある。
それを思い出した瞬間、どわっと涙が出てきた。
懐かしく心に響く5. の「Aqua」もプレイリストに入れてみる。

このFOLKLOREのライブの話をもう少し書こう。
「盛岡」という生まれ故郷は3つの川が交叉する場所、とMCで青木隼人と坂本美雨さんが話していた。自分の原風景は川、と思ってきた自分にとって、それは嬉しいことだった。
流れる川がまちに描線や筆触を残し、生まれた風景。そこにくるまれて私は生まれ育ったと、進学で故郷を離れて以来そう思ってきた自分の想いが、音楽に重なったような気がした。

ところで「大晦(おおつごもり)」って、「かたつむり」を想起させる…。
語感が似ているのと、ブランケットかぶって丸まってる今の自分の姿がそのゆえんなのでしょうか。

話の腰を折ったところで…ああ、気づけば新年まであと14時間半。
かたつむりみたいな私は今、新しい年のために14. 「祝いのうた」を聴いている。






2018年12月19日水曜日

歓び迎え入れること

マリンバソロでのライブなんて初めてだなぁ。


なんて思いながら、隣り合う鹿角市の「道の駅おおゆ」で開催された演奏会に足を運んだライブ。しかし冬の北国はひとの行動に制約を課す。往路が風雪により、悪路と言っても差し支えないほど荒れていた。止むを得ず二部からの入場。

二部で聴いたなかでは、聴覚を失ったマリンバ奏者Evelyn Elizabeth Ann Glennieの手による“Light in Darkness”が印象的だった。暗闇のなか、炎みたいに揺らめく光。溢れ落ちるようなマリンバの音を聴いていると、そんな景色が目に浮かんだ。聴覚と反比例して、過敏になった視覚が光のかたちを見つけたのかなと、異国の女性奏者に思いを馳せてみる。


ライブで一番印象的だったのは、主催の女性Hさんのはにかみ、でもきらきらした表情。先日職場に取材に来た、学校の新聞部に所属する10代の高校生のようだった。Hさんと学生の表情の違いは、ためらいがなく、真っ直ぐ前を、次を見据えていること。


Hさんとは自身が営むカフェで、イベント企画について話したことがあった。

マリンバ奏者の方がここで演奏してくださったんですよ。またやりたいと思っているので、機会があればぜひ来て下さいね。

半年後ようやく、それが叶った。場所はカフェではなく、まちが新たに迎え入れた大きな会場で。


歓待という言葉がある。
演奏会場を提供した男性は、聴衆にこう語った。
「この場所が喜んでいる」

ああ、そうだよな。
演奏のなか、空間がぴりぴりと震えていた。
この場所は音を待っていたのかもしれない。
このまちは場所に新しい可能性を吹き込むHさんを待っていたのかもしれない。

歓び、迎え入れる。

Hさんの姿勢や言動にも、それを感じたことが多いな、とふと思う。

ひととひと、ひとと音、ひとと場所、ひととまち……
交わり合うことの歓びに気づかされた夜だった。
いつか見た雪。秋田県鹿角市と岩手県八幡平市の境目あたりで。

2018年12月18日火曜日

土地の階調

雪が積もって、融けて、を繰り返す今時期。凛とした色の紅い実が、白とコントラストを成す。ついついiPhoneのカメラを向けてしまう。



この街に来るまで、色彩の対比なんてあまり意識しなかった。生まれ故郷はそれなりに都会で、ビルやらネオン、なんやらの色が混在していて、夜も3キロ先のデパートのネオンサインが窓から見える。目の前に広がるのはマルチカラーって感じだった。

今住んでいる家が面するのは、近くに田畑、遠くに山。限られたトーンの色。そこに色の階調を見いだすのが、暮らしの喜びだったりもする。故郷のマルチカラーは日常の景色だったから、今この土地にいて寂しい気持ちにもなることもあるけど。

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そういえば身体に変化があったのか、お酒にめっぽう弱くなり、代わりに?甘いものを好むようになった。ここ最近の自作ヒットはバナナシナモントースト。シナモンの香りが好きだ。なんでか懐かしい気持ちになる。家族みんなで出かけたディズニーランドで食べるお菓子を思い出す。


2018年12月11日火曜日

つづく私の場合の「わたし、ここで」



「わたし、ここで」
冬から春になって、どんどん季節は変わって。
大館にきて4度目の冬になった。

思い立って「watashi_kokode」というユーザー名で、私の場合の「わたし、ここで」をInstagramに綴ることにした。
あのムービーの続き、というほどストーリー性はないけれど、映画じゃなくても毎日は続くので、その意味で「つづく」ことを綴ろうと思う。

最新の投稿では、大館に来てから出来た数少ない友人に贈った出産祝いのことを書いた。
大館の3年目は怒涛の日々。
友人には子どもが生まれ、自分の生活もある面では区切りを迎え、慕っていたひとが亡くなり、実家で大切な家族が病に倒れ…など、生きるとか死ぬとか、この地で経験するのが初めてだった喜びや痛みが心にぶつかって来た。

その中で、友人に子どもが誕生したのは本当に嬉しいことで。
子どもも、あたらしい表情のお父さんもお母さんも、愛おしく感じられる。

これからつづく日々はどんな色なんだろう。
色々な変化が続いて、正直わくわくするような心持ちではないけれども、すべてのどんな展開を受けとめようという覚悟が育ちつつあることを実感している。

2022年1月17日 水彩の計算

去年の春から月1〜2回ペースで、絵画教室に通っている。最初は鉛筆デッサンで、慣れてきたら水彩に挑戦する日もしばしば。 水彩は高校生の頃に数回しかやったことがなく、この年になって本格的に挑戦している。油彩の方が描いている数は多いので、感覚が掴めなくて、最初の数回は苦しかった。高校の...